end of summer days

8月の終わりが夏の終わりになってしまい、まだまだ暑い日が続いていても真夏のような高揚感がひと段落してくる。
社会人は季節感がなくなるというか、その時その時で季節を感じる感性がオフラインになってしまっている気がする。



いかんいかん。


8月はあっという間だった。
最速だ。
お盆はまるまる休んだ。
去年ぐだぐだだったから、意地でも休んだ。



二年ぶりに富士山に登った。
去年登らなかったものの、やっぱり富士山が恋しくなってしまった。
毎年登る道を違うメンバーで歩く。
案の定と言ったら失礼だが、やはり事前予習無しに登って泣き言を言うメンバーも出てくる。
ああまたこれかと思いながら担ぐ。
今年はほぼ無風だった。
ここまで風の吹かないのも珍しい。
山は二年ぶりの再会を歓迎してくれた。
今年のメンバーは良かったな。
ベテランも特攻隊長も、みんなが負担を軽くしてくれた。



帰って一日休み、ニューカレドニアへ飛んだ。
急遽決めて申し込んだ、ニューカレドニア国際マラソン
羽田空港から関空に飛び、そこから約7時間かけてヌメアへ。


ニューカレドニアパケット定額のエリア外なので、ずっとオフライン。
到着したことをアピールできないってもやもやするのね。
旅行会社の佐藤さんと現地で会い、ようやくほっとした。
とりあえず現地ホテルに着いたのはもう日付がまたがった頃だったので、買い物にも行けず、ホテルで就寝。
ホテルの客室が想像以上に素晴らしかった。


翌日は土曜日で、朝ランをみんなで行う。
まだ海外マラソンは2回しか出たことがないのでこの「現地入りしてから当日までの過ごし方」がよくわかっていない。
走ることもほどほどに、観光するしかない。
結果7月8月とロクに走らずぶっつけ本番でフルマラソンに臨むことになってしまった。



昼はレースのスタートゴールの会場である競馬場で前日イベント。
パスタを大量に食べた。
このマラソン立川市と姉妹提携のような形で立川マラソンの入賞者が招待されていたのだが、優勝で招待されていたのは東大陸上部の後輩にあたる松本翔氏であった。
すごいなあ。
脱帽。



夜は早く寝ようと思いつつ、世界陸上の男子マラソンをテレビで観戦しながらストレッチとマッサージ。
フランス語で流れるテレビ。

レース当日は4時起床、7時スタート。
既にかなりの日差し。
オーストラリアだとかニュージーランドからだとか結構な人数のガチムチランナーが並んでいるんだけど、みんなハーフマラソンばっかり。
ゼッケンの番号の色で判別がつくのだが、フルマラソン至上主義な日本はやはり特殊なんだろうなあ。


そんなこと考えている間にスタート。
レース詳細はなんだかしょぼいので端折るが、要約すると


「練習不足で撃沈」


結局練習しててもしてなくても体がピークのペースを覚えてしまっているので、ゆっくり入ろう思ってもうまいこといかず、けどまあこのペースならいけるんじゃねーかと誤解し、20km過ぎでガス欠で体が動かなくなり、集中力が切れ、腹が減り、歩きも含めたしんどい時間を耐えただけ。
京都マラソンの時と全く同じ展開で消滅。



終わったあとの高揚感はいつもと変わらず格別。
特に今回は海外の競馬場がゴールだったので、それはそれは綺麗な風景だった。



暑すぎて海に入ろうかなと思うくらいだったが、ホテルに戻ってシャワーを浴びたら布団に沈没した。
夕方起きて、また競馬場の会場へ行き、レセプションパーティー
松本君は案の定優勝していた。
ホントすごい。


結局レセプションパーティーでは最後まで残り、ニューカレドニアのビール「ナンバーワン」をビールサーバーから全部なくなるまで飲み続けてしまった。
世界の反対側。


翌日は朝から集合し、帰路につく。
弾丸だったが心地よかった。
お土産はチョコレートしかなかった。
飛行機の中は爆睡。
寝て走って飲んだだけっていうそれはそれは贅沢な旅行だった。




お盆明けはそれこそ業務はあっという間だったし、月次の成果は出なかったが、それでも新しい仕掛けをしたり、散らかっている業務を軌道修正させたり、ゆっくり進んでいる案件の進行確認をしたり、目に見える成果はなかったものの着実ではあった。
ただ信念を貫いて戦うことがますます大変になってきたし、そう思いつつも「諦めずに率先垂範してほしい」と要請をされたりと、引き続き悩みながら走る状況は変わらず。



あわてずに。
初動は早く。