刺さる言葉たち

ヤマが亡くなりまして

個人情報にならない程度に、でもちゃんと書き記しておきたいことがあって、恐らくついったーやFacebookじゃダメだと思い、あんまりいい話じゃないけど殴り書きをするが、2年前に一緒に仕事をした取引先の仲の良い担当から電話があった。
半年振りくらいだろうか。
八重洲に異動になり、職場も近くなったし、協力してできる仕事も多くなりそうだったので、そろそろ連絡をしないとと思っていた矢先だった。

「タカさんご無沙汰しています」



おぐっちゃん、久しぶり。
あのー久しぶりの電話でなんなんですが、


ヤマが亡くなりまして」



時間止まった。


「どういうことですか?
どうしちゃったの?」


「絶ったんですわ。
昨日の夜。
俺も朝話聞いて、今関係してくださった人に連絡取ってるとこなんだわ。
もう俺朝からまっったくやる気出ないっす」


「葬儀は?」


「ちょっとまだわかってなくて、とりあえずわかり次第連絡するよ」




そこからはもう胸がぞわぞわして仕事や勉強に全く集中できなかった。
7月なのが嫌だ。
もうすぐ元の上司の命日だ。



また電話が鳴る。


「場所決まったから。
メモ取れる?」


「なんでこうなっちゃったの?」


「色々悩んでたみたいなんだわ。
あいつ抱え込むじゃん色々。
俺もしばらく飲んでなかったんだ」


「あんなに頻繁に飲んでたのに?」


「今結局異動で会社変わったから、最近あんま飲んでなかったんだよ。
だから久しぶりに飲んで、こう色々ほぐしてやろうかと思ったんだけどなあ…」



まる二日間落ち着かなかった。
入っていた予定もキャンセルし、当時の自分の上司にも報告する。



2年前、ある案件を一緒にやっていて、その際の先方ゼネコンの担当者だった。
協力事業のスキームを組み立てるのに、それはそれは知恵を出し合った。
向こうはゼネコンで、こっちは型式認定の住宅事業者だ。
先方が建設業法や建築士法、保健条例などを徹底的に調べ上げているのに対し、こっちは認定型式で完全にパッケージングされている事業者だ。
文化が違う。
それでも何かお互いシンパシーを感じ、どうにかお互いの利益になるよう発注者を口説き、契約条項を徹底的に付き合わせ、請負を取り付けた。


そこまででも苦労したものの、その後の納期や金額を含め大クレームになり、先方ゼネコンも発注者も自分の会社も大炎上。
ギリギリの納期の中、なんとかやり抜いた案件だった。
エンドユーザー相手の商売と、個人相手の商売とでいかに厳しさが違い、脆弱な企業体質だったかを痛感した経験だった。


その時の担当者が「ヤマ」だった。


本来なら取引禁止になるような経験だったが、何だか気があって、その後も案件の紹介をしてくれたり、彼の飲みの輪の中に加えてくれたり、まあ言ってみればたくさん飲んだ仲間だった。



おぐっちゃんが担当じゃなかったら、たぶん損害賠償をうちの会社がおたくに請求して終わってたと思よ。
なんとかしようって一緒にとことん付き合ってくれたから、ああこの人は信用できるって思えたんだよ」

そう言いながら酔い潰れて行く彼を何度見ただろう。


けど、その真っ直ぐさ故に、この人はいつか仕事し過ぎで体壊すんじゃねーか、と感じていた。





お通夜はさすがに人が多かった。
お焼香をあげ、奥様に挨拶をし、上司の方にも挨拶をし、
お通夜自体はあっという間に終わらせてしまった。


タカさんから連絡が入り、
「今もう同じ会社の人と飲んでるんだわ。
来てくれないか?」



お通夜を後にし、電車に乗る。



なんだか、ホントだったんだなあ、亡くなったの。
そう思いながら、気持ちが整理できず飲み屋を探す。






おぐっちゃん、ほんと申し訳ない。
俺の、俺の愚弟が…」
開口一番タカさんが涙でぐしゃぐしゃになりながら頭を下げてきた。






先週、夜中12時頃電話があったそうで、その次の日着信に気付き、入ってた伝言メモを聞いたそうだ。
「今仕事終わったんですが、これから飲みませんか?」


バカ野郎、何時だと思ってやがる。
タカさんは放っておいた。


それが土曜の朝の話。
土日を挟み、月曜日、彼は会社に来なかった。
おかしいと思ったが、もう遅く、その日の夕方実行してしまった。



「あの伝言メモ、消せねえよ…」



一年前から色々悩んでいたらしい。
うまくいかないことが続き、仕事の忙しさも終わりが見えず、また責任感の強さで色々一人で抱え込んでいたらしい。



異動する前は、タカさんとか仲間の同業者たちがいて、いじられながらもかわいがられていた。
おかしくなったのは異動してからだ。



飲みながらみんな口を揃える。
「なんで言ってくれなかったんだ…」



色んなことが積み重なって今回のような結果に繋がったんだと思うが、業務の内容や仕事のプロセスなんかは、程度の差こそあれ同業者だ。
同じ建設業としては、近い位置にいる。
そんな手の届くような範囲の距離にいた人が急に姿を消すのは、信じられないというか、自分にも起こりうる可能性の一つなんじゃないかと怖くなった。

本日命日ですね

7月31日は昔の上司の命日だった




蝉時雨で自分の独り言すら聞こえないぐらいの、ただひたすら暑い日である。
生田駅で降りて、小さな山を一つ登って墓地へ行く。
毎年墓の場所がわからなくなるので、事務所へ寄って名前を言い、検索をしてもらう。
窓口の女性が言う。


「本日命日ですね」


墓前には既に花と酒と煙草が置いてあった。
それ見て泣いた。
汗と涙の区別がつかないまま、全身びしょびしょになりながら合掌。

それは周りの環境が非協力的なのか、お前が忙殺されるような業務量の多さなのか、それともお前が騒がないからなのか、どっちだ

前二つだと思っていた。
まだ今でもそう感じる瞬間はある。
けど、本当に問題なのは3番目の「自己完結しようとして自分で自分の首を絞めている状況」なのだと気付かされた。
三者から見るとわかることが、当事者になるとわからなくなる。
緊急だとか大事な事項だとか困っているとか、お客さんと対峙したときにバックヤードに状況を正確に伝えきれていないことが、連鎖的に発生するトラブルのトリガーを引くことになる。

お前お客さんのこと全然大事にしていないだろ

緊急性を伝えきれず、忙殺されていると勘違いし、判断を鈍らせながら善かれと思ってやったことが裏目に出て、尊敬する社外の上司であり顧客である本人から言われた言葉。
暑さと慌ただしさで脳みそが沸騰しているところに電話越しに浴びせられ、頭で反応する前に感情が前にきてしまった。


この人は出会った頃変わらず、世間の常識と社内の非常識と正しい物事の理解を俺に叩き込んでくれる。
管理とはすなわち教育だと。


逃げたくて仕方がなかった。

お前がそれに気付くってのが大事なんだよ


ユタカさんに言われ、新入社員の頃から相変わらず励ましてくれて、結局泣いた。






結局、色んな人に大事に育てながら生きている。