働く君に贈る25の言葉

働く君に贈る25の言葉

働く君に贈る25の言葉

31歳を迎え、最初に読んだ本。
仕事の充実ぶりは伝わるのだろうか。
こういうタイミングで、母親が買ってきた。
誕生日プレゼントだと。


なんというか、複雑な気持ちで一杯だった。
応援してくれるありがたさと、日々悪戦苦闘しながらも自分の好きなように、夢中になって仕事をすることができる環境にいることに対する申し訳なさと。


色んなことがあった一年だったが、極めつけは最近の充実っぷりだろう。
30代前半とは、誰もがこういう時期なのだろうか。
それとも、一つの環境に数年いたことによる体得なのか。
何となく前者のような気もするし、後者のような気もする。


20代を一つの企業で没頭した結果だとも思う。
1年や2年じゃ会社を語れないし、まるまる7年いてもまだわからない。
不安や不満もいつも隣り合わせだ。
しかしそれ以上の劇的な内面の変化を自分自身で感じている。


驚いたことに、母親から貰ったこの本に書いてあることが日々自分の感じていることと殆ど変わらなかった。
もしかしたらこの本は、単なる確認になっただけかもしれない。


しかし、その単なる確認が自分の中で大きな意味を持った。


つまりは自分の立ち位置の客観的な把握だ。
車を運転してスピードメーターを見ているような感覚。
400mトラックを走って、ラップを刻むような感覚。
自分がどのくらいのスピードで走っているのかがわかったような気がした。


新入社員として社会人の世界に足を踏み入れて最初に不安になったことは、この客観性をどこにも見つけられなかったことだった。
この会社で習うことが世間一般のコモンセンスなのだろうか。
今自分と同じように社会人になった同期たちは同じように困難に立ち向かっているのだろうか。
今辛いのは、この会社が特別に厳しいからだろうか、それとも自分のキャパシティが狭いだけだからだろうか。
全てがわからなかったし、ひたすら隣の芝生が青々として見えていた。



そういう感覚はいつからなくなったのだろう。
気がつけば「足りないものは自分で補う」という習慣を最優先にするようになった。
そこに重点を置いているから、深夜まで一気に仕事ををしたって、次の日一段落ついたから午後帰ったって、特に自分の中では大きなことでもなくなった。
業務の量や組織の不誠実さはいつだってストレスだ。
しかしそれでもなおやり甲斐や達成感が一歩前を歩いている。
それを共有したくて、今度は仲間を探している。


今の状態は本当に贅沢だし、恵まれているんだと思う。

甘えている部分だってある。


いつまでもいようと思い、明日突然違う環境にトライしているかもしれない。
今必要なカネの捻出を最優先するかもしれない。
犠牲になっているものが気になって、そっちを向いて打算的になるかもしれない。



それでもいい。
今何を感じ、何にトライし、何が自分を一番満足させるのかが自分自身把握できていればいい。



30代の水際に立ったと思ったら、いきなり深いところまで潜っちゃったよ。