負荷記録

Tokyo Marathon 2012


Result:




6回目のフルマラソン
3回目の東京マラソン


フルマラソンデビューした2010年の東京マラソンからまるまる2年。
毎年冬シーズン走って夏場はロクに練習しないってサイクルになっていたので、今年は今回のフルマラソンに備え照準を早めに合わせていた。
具体的には昨年10月にメルボルンラソンを走り、その1ヶ月後に大田原。
それである程度長い距離に慣れておいて、距離は踏めなくても高尾山にトレイルに行ったり通勤ランを増やしたり。
仕事との両立って本当に難しい。
仕事どころか、プライベートや社内関係、友人関係も含めてだ。
お前マラソンなんか走ってていいのか、見たいな声や見方も、やっぱりある。



後述するが、2月は前半友人の結婚式の準備があったりで徹夜に近い時期も続き、その後最後の仕上げをし、仕事は毎日終電を越すような連続で結構しんどかった。
1週間前になると自分が果たしてどのくらいのペースで走れるのか、もっとペースを上げる設定をしたところで後半潰れて地獄を味わうかもしれないとか、かといって自重して走って結果もっとペースを上げればいい記録が出たんじゃなかったのかとか、そんな後悔もしたくないしぶっこんで潰れるのも嫌だし・・・。
みたいなぐちゃぐちゃな状況だった。



で、日曜日当日。


5時半起床。
7時前に家を出て、新宿へ。
途中、既に出場者と思われる人が電車の中にちらほら。
過去に出場経験があって、なおかつ東京在住なのでホテルを取る必要もないし、そんな状況なのは少ないんだろうなーとありがたみを感じながら電車は新宿へ。
新宿はさすがにもうランナーの人の群れ。
みんなが都庁方向へ大勢で向かう中、一人列を外れ北口へジョギング。
大ガードのふもとから反対側に横断歩道を渡り、青梅街道を新宿から遠ざかる方向へジョグ。
東京メトロ西新宿駅付近まで行き、左折して新宿中央公園横のスターバックスへ。


チームのメンバーが大勢既に集まっていた。
少し体が温まったので、着替えて準備をする。
今回は雨は降らなかったが、スタートまでの30分が冷えるのでウィンブレ代わりに雨合羽をかぶって出陣。
かっこわるいけど。


号砲。
今回はスタートライン通過まで約1分。
とにかくごった返す。
速い人遅い人ぐちゃぐちゃだし、スタート直後はみんな興奮して突っ込んでいく。
それ以上に後ろからスタートした速いランナーがゴリゴリ追い上げていく。


交通事故でも起こしそうな勢いで集団がスタート。
こっちはキロ5分くらいから入ろうと思っているだけに、安全運転。



新宿の大ガードを抜け、歌舞伎町を左手に見ながら、伊勢丹の交差点を渡り、声援を真正面から受けながら東へ。


まずはショウジさんの声に気付き手を振る。
その後富久町あたりから大きく坂を下り、そのあたりでGerardが後ろから物凄いスピードで迫ってきた。
彼は2時間50分くらいだろうから、早く前に行けと促し、見送る。


今年はチームメートにあまり会わなかった。
去年はこの5kmまでに大勢会ったんだが・・・。
しかもペースメーカーも見当たらない。


若干不安になりながら1kmの通過が4分15秒くらい。
これはおかしい。
設定してたのよりも速すぎる。
ペースは上げずに入ったはず。



わけがわからなくなりながらそのまま5kmまで進む。
ようやく集団の全体のペースもそろい始め、落ち着いてきたあたりで5km通過。
23分台。
これはいかんと思いつつペースを下げるわけにもいかず。
いきなり悩みながら走り始めてしまった。

ただ、ひたすら自分の体に確認をする。
無理はしていない、と。
だから様子をみることに。


日比谷公園脇で10kmが終了、ここからはほぼフラットなコースが続く。
集団は品川方面へ。
10kmの通過が45分台。
結局5kmあたり22分台のペースでそのまま来てしまった。
しかもGarminの使い方がわからず、5kmごとにラップをとっても結局GPSと連動して1kmごとの表示になってしまう。
だから途中からはずっとアタマの中でで分秒の計算。
「次23分台で行ったとして、15kmの通過が70分切るくらいのペースで行ければ・・・」みたいな。
途中テリーさんにも沿道で声をかけられ、もうペースは落とせない。


その後向こう側のレーンは折り返しで帰ってくる集団が見え始める。
既に車椅子マラソンの先頭が帰ってきて、その後トップ集団がすれ違った。
皇帝ゲブレシラシエを間近で見て感動。
いやでもテンションが上がる。
観客側とプレイヤー側と両方を体感しながらペースを保つ。
大きな怒号が押し寄せてきた。
川内の応援だった。
川内は第2集団だった。
どうした。
 

15kmの通過も余裕の22分台。
ここからさらに若干集団のペースが上がる。
既に自分より前を走るHarrison、Gerard、Stan、Bobらを見かけ、大声をかけた。

 
泉岳寺付近で道路の反対側にチームメートの応援連合を発見。
周囲に比べ一際目立って叫びまくっている。
わかりやすいし、ありがたい。


田町の折り返しを越え、また日比谷へ向かう。
16km付近でチームメイトの応援集団に再会。
ハイタッチして通過。
こういうの、本当に勇気付けられるよね。


20km付近からだんだん集団の人数が絞られ始める。


突然、苗字で呼ばれる。
チームメイトは名前で呼ぶから、誰かと思って振り向くと、同じ会社の八重洲の支店にいる先輩方がカメラ構えて応援してくれていた。
びっくりした。
会社からははっきりいって逃げるように休みを取って、一部の人以外には言わずこっそり出ているつもりだったのに。


嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

ハーフの通過は1時間34分。
もともとの設定は3時間20分切る為に、ハーフの通過を1時間39分で通過する予定だった。
もう後には戻れない。
どうせ35km過ぎで地獄が待っているんだ、そこまでは躊躇せず突っ走るしかない。



浅草方面へ向かい、ここからダラダラと難しい時間帯が始まる。
エネルギーが切れてくるのを体が感じ始める。
ただ、雷門が目の前に迫ってくると突然東京を走っている実感が湧いてくる。
この体のしんどさと、走っている喜びが脳内を交差する。
そして雷門を右折した瞬間目の前に突然現れるスカイツリー
圧巻。


銀座へ戻るところでカトウさんがカメラを持って待ち構えていた。
笑顔を向ける余裕がだんだんなくなり始めていたので、この再会は非常に嬉しかった。


30km過ぎて、いよいよペースを保つのが難しくなってきた。
35kmまでの5kmは23分かかった。
それでも去年の東京マラソンの全てのラップより速い。
途中、でかい良く通る声で名前を呼ばれた。


タサカだった。


流石にそのサプライズには参った。
涙が出た。
先月末に友人の結婚式用に全国からメッセージ動画を集めていたのだが、その時彼は雪景色をバックに動画を送ってきた。
画面の向こうの遠いところにいる感覚のままだったので、まさか自分が辛い時目の前に現れるなんて考えてもみなかったのだ。


35kmの給水ポイントではヨシダさんも待ち構えてゲキを飛ばしてくれた。
日本一アツい給水ポイントだった。


佃大橋が眼前に壁のように現れ、いよいよ心臓破りの臨海エリアへ突入する。
橋の登り坂で殆どのランナーが止まる。
足をつってコースアウトする。


前例に漏れず、1kmごとのラップは4分50秒に。


死ぬ思いで登ってたら、後ろからユリさんに声をかけられ、颯爽と抜かれていった。
ユリさんの大ファンなので頑張って併走して変態みたいについて行きたいところだったのに、ちっとも相手してもらえなかった。


小刻みに登り下りをこなして行き、40kmを過ぎる。
ここの時点でタイムを身損ねたので、全くゴール予測ができずにビックサイトを目指す。


で、40km過ぎで両脚攣った。
初めて一瞬立ち止まり、脚を伸ばし再び走り始める。
ここで体冷やしたら終わると思い、必死だった。
気温はスタート時点より下がっていた。


ラストはキロ5分ギリギリ切るくらいでフィニッシュ前のストレートへ。
ここで電光掲示板見ると3時間12分台。
驚きで疲れが吹っ飛んだ。


ゴールタイムは3時間13分25秒。
ネットタイムで3時間12分32秒。




自分自身としては非常に満足のいくレースだった。
現段階では100点満だろう。


年末から2月にかけてなかなか思うように走れない日が続き、それでもコンディションを上げるために何とか努力した。
サブスリーなんかは夢のまた夢かって状況だったが、今回の記録を考えると近い将来突入できるかもしれない。
そんな期待も生む結果だった。



次は3時間10分切り。